遊びの時間はすぐ終わる

 金曜日昼、バナナリパブリックのシャツ、ユニクロの黒スキニー、GUのエスパドリーユ、ダニエルウェリントンの腕時計という俺の鉄板かつ唯一のコーディネートで駅まで歩く。

New OrderのAge of ConsentやChappiの水中メガネを聴きながら、これから会う推定29歳とのことを考えていた。街コンでの記憶では確か、心惹かれなかった。旅のラゴスを勧めたら長文で感想を返してくれて、会って話したいとのことだったので了承した。アークザラッド2で解決できない仕事をギルドから請け負ってしまった気分。ヂークベックから経験値をもらった時代に戻りたい。

駅で待ち合わせALLEYS NEW YORKでハンバーガーを食べ、匈奴夏目漱石田村由美7SEEDSの話をした。感情の振れ幅は0だった。

pegmapの土曜日などを聴き帰りの電車へ。ホームにいる子が皆可愛く見える。肌が綺麗な子を目で追ってしまう。俺にはもう恋とかはできないのかもしれないと思いながら家に着いた頃、お母さんより、長野なので帰りが遅くなる。飯買ってこいとのLINE。眠いので断りたかったがニートの負い目から了承。これは解決できる依頼。

従兄弟がレジをするスーパーへ。弁当3つとバニラヨーグルト、ポテトサラダをカゴに入れ、従兄弟のレジへ。従兄弟は流れるように、10年前や、15年前や、20年前と同じようにひょうひょうとした仕草で客をさばいていた。「どうもどうも」「久しぶり」「珍しいね」「ああ仕事辞めて二ヶ月だから。お使い頼まれて。(母親ネットワークで仕事辞めたこと)聞いた?」「あー…聞いたような」お互いボソボソとしゃべるので夕方のスーパーでは会話が難しい。お互い照れ屋なので会話は弾まない。会計中の、30秒程度の会話の間に後ろにはもう列ができている。忙しいときにごめんね、いえいえ、じゃ、と会話を切った。30秒でも十分すぎる。

自宅に帰り湖南みるくの動画で射精し、窓際でメビウスソフト8ミリを吸い、さみしくなったら名前を呼んでを読んだ。

「遊びの時間はすぐ終わる」p.207

「えー帰ってきてよ。ていうか、ずっといればいいじゃん。帰って来ればいいじゃん」

加賀美は娘を抱っこして言った。

「うーん。もうちょっとね」

「わかったぁ〜。今度はもうちょいゆっくり会おうね。南ジャス行こ!案内するから」

「うん」

加賀美は手こずりながら娘をチャイルドシートに乗せ、「じゃあねー!」と窓から手を振りながら走り去って行った。わたしもふざけた感じで大きく手を振ってみせる。そんで、帰って来ればと言われて「もうちょっとね」とか答えた自分の言葉を反芻した。もうちょっとって、わたしはここに、そのうち帰ってくる気でいるの?それともずっと東京とか、ここじゃない街を転々とするつもりなの?わかんない。わかんない。まだそこまでは考えてない。考えられない。

とにかくもうちょっと、時間が必要なのだ。自分には何が出来て、なにが向いていて、何をするために生まれてきたのかを、一通り試して見る時間が。そういう試みは、もう若くないと思えるようになるまで、つづけなくちゃいけない。へとへとに疲れて、飽き飽きして、自分の中の無尽蔵に思えたエネルギーが、実はただ若かっただけってことに気がつくまで、やってみなくちゃいけない。身の丈を知り、何度も何度も不安な夜をくぐり抜け、もうなにもしたくないと、心の底から思えるようになるまで。

 

俺は田舎にいながら、この主人公のように、もうちょっと、時間が必要なのだ、と思っている。

さみしくなったら名前を呼んで (幻冬舎文庫)