家がボロボロであること、洗練されたかたちでの回答

覚悟ってのはある日突然するもんじゃなくて日々を過ごす中で少しずつ覚悟していくものじなんじゃないか。休みの日も英語を勉強している。平日働いて土曜も働いてやっとの休日にも、勉強するだけ。楽しいことがすぐそこに待ってるわけじゃない。諦めと覚悟は同じもんなんじゃないか。

歯を磨いて、風呂に入って、それ以外の個人的な雑務、薬を塗るための時間を作って…それらをやってはじめて人並み以下になる。ちゃんとひとつずつやり続けても人並み以下になる。それでもちゃんとやるっていう覚悟、諦め。

これを書いてたのが今日天皇誕生日の祝日の13時頃。そこからSHちゃん(二個下)とカオル(一個下)と2015年を振り返るスカイプをした。

SHちゃん「○○(俺)、なんでだろうなー。惜しいんだよなー、なんで○○と付き合おうってならなかったかって考えると…なんでだろうなー」

俺「それ俺はわかるよ。声とさ所作とかそういうアレなんだよ。っていうか声かな」

SHちゃん「うーん…○○の声とか問題じゃないと思う、あ、家がボロボロだからかな?」

俺「それはだってさあ服揃えたり靴買ったりいい家借りたりとかそういうの全部は無理だからーっていう」

SHちゃん「うーん、そういう人のことばかにしてるでしょ?そういうのがそこから見えるっていうか」

モテキで藤本が小宮山夏樹に数年前、なぜ付き合わなかったかの答え合わせをするシーンのような感覚。そうだったか。

「はじめのとき絶対この人だって、この人と近付こうって思ってたもん、だからポテンシャルはあるんだよ」

なんでこの話もっと掘り下げなかったかなあ。かつて俺の事を好きだといってくれた女がたくさん恋愛して成長して友達かつ恋愛博士として回答してくれるタイミングなんてもうないかもしれないのに。あの日SHちゃんが俺のうちに来たときの、俺の失態、具体的な失態に話題が飛ぶことを恐れていたのかもしれない。山崩しのように避けながらもっと詳しい答え合わせがしたかった。

WYちゃんのことを話して、三回遊んだのに何もしなかったって話したら、ないわーーーって言われた。ないわな。次恋愛があったら真っ先にSHちゃんに相談しよう。と思った。が、俺の体の問題も、俺の宗教の問題も知らないだろう?だからわかるわけがないんだよ、と、俺の最大の武器で鎧の大事な俺の不幸が顔を出してくる。体の問題と宗教の問題がなければ俺だって恋愛するよ、なんて、閉じこもったり他人を排除したり恋愛しなかったりの理由にして便利に使ってきた。不幸を理由にして自分を特別だと思ったりとか、そういうことを日常的にやりすぎて、こじらせるってこういうことだよな。厄介だ。