山月記

土曜終わり、一週間が終わった達成感でぐだぐだ時間を使ってしまいあっという間に月曜日。本でも読めばいいのにもったいない。BFHのβやってシコって日曜の朝になったときにそう思った。14歳からの哲学とかせっかく買ったのに読んでない。何もビジョンなしで、こうなるっていう方向性なしでやっても俺みたいになるだけだとキモツキさんが言っていた。amazonで評価高いからって買って読んでそれでどこに向かうのか。ただただ勉強だけしているほうが着実に積み重なるんじゃないのか。それで今数学の場合の数やってたけど疲れてブログ書き始めた。場合の数は嫌いだ。一問一問疲れる。正十角形と辺を共有しない三角形が何個あるかとか知らねえよって思うけど一度やればわかる。やり方を覚えるだけで初見でわからないのがイライラする。三角比なんかは基本を理解してれば応用は楽しい。

ニコニコでふくすけを見た。学生のとき以来二回目。マシーン日記のほうが好きだな。人間の悪いとこを書く。悪意の連鎖。統一教会の原理講論では人間は悪にひっぱられて善にもひっぱられて矛盾した状態でそれが堕落なんだという。教会長がマンツーマンで黒板使って講義してくれた。話聞いてるときは面白かったんだけどな。これはカントだなとかインテリジェントデザインだなとか考えながら聞いてるのは楽しい。この宗教が間違ってるのは確実だ。この宗教のやってることは悪だ。間違いない。それでも俺は親のために、この宗教を信じたほうが幸せになれるんだ。今日はお母さんの誕生日で、61になった。毎日確実に老いておく。間違ってるとわかっているこの宗教を信じないと親が悲しむから俺をうまく洗脳してくれるシステムがあればいいなと思っていたので教会長の講義はありがたい。「己の中の人間の心がすっかり消えて了えば、恐らく、その方が、己はしあわせになれるだろう。だのに、己の中の人間は、その事を、この上なく恐しく感じているのだ。」獣としての幸せ。山月記。10代からずっと悩んできた問題だけどもう疲れた。カルト宗教の中での価値観に染まったほうが幸せになれるだろうが恐ろしい。この気持ちはだれにもわからない。俺を同じ身の上になったものでなければと不幸な自分でナルシズムを感じるつもりはないんだけどそれでもまぁ、あの見合い相手の女の子とうまくいかなかったのはそういう洗脳のされ方の度合いがあわなかったからなんだろうなとも思う。虎にしてくれるんなら虎にしてもらおう。

アトピーがまたひどくなってきた。足首だけじゃなくて胸とケツ。またいろいろ濁ってきた。頭スッキリした状態で毎日生きたいってのにそれを邪魔する問題が次々出てくるときの停滞感。俺の生徒の中学生たちだってそういう何かがあるんだろう。勉強するべきってわかってるけど、貧乏だとか自分の見た目だとか家庭とか学校での人間関係とか、勉強以外に悩むことがいっぱいあってただただ突っ走ることができない。暗闇の中膝ついて手探りでどうにか前に進もうとしてるのに悩みの少ない同級生はガンガン突っ走っていく。勉強しか取り柄がなくなったやつもガンガン突っ走れる。宗教にハマったやつもガンガン突っ走れる。二世は高学歴多かったもんな。勉強させるには講師が教祖のようなカリスマになるのが一番良い。生徒を洗脳する。俺にはそういう力はない。小さい頃仲良かった二世のみんなは今この宗教を信じてるんだろうか。子どもながらに、信じてるかどうか聞くのはタブーだろうと考えていた。ワールドカップに出てるあいつは多分信じてなかったろうな。選手になるくらいの成功をすれば宗教継がなくたっていいんじゃねえかな。たぶんあの家はそう考えてまぁヨシてな感じにしてるんだろう。貧乏こそが悪だ。貧乏を継がせるシステムの宗教の中であんなふうに成功できるやつは限られてる。俺は宗教から離れて生きて結婚しても子に貧乏させるだろうしたぶん結婚しないだろうしって考えるとだるくなってくるからやめよう。何の話をしようとしてたんだったか。考えなんて話すよりもその日にあったことを話した方がいいんだった。

今日は教会の帰りに誕生日と父の日のケーキ買って帰ったらクリーニング屋行ってくれって頼まれてまぁお母さん誕生日だしめんどくさいけど行くかなって思ってリオンドール行った。ついでに働いてるコウタくんでも見ようかなと思った。レジ打ってた。毎日レジ打ってるんだろう。そこでツボヤにも会った。介護してるらしい。二年前に聞いた時と同じだ。みんな毎日働いてるんだ。同じことを毎日やって、そう。輝いてないほうの世界。そっちで毎日レジ打って介護やってるんだ。ワールドカップに浮かれる渋谷の馬鹿どもに爆弾を落とすのさって詩が急に思い出された。銀杏BOYZ。毎日レジ打ちや介護のケの中で生きるやつらにとってのハレがワールドカップか。でもコウタくんもツボヤもワールドカップとか見ねえかな。恋の渦に出てくるような奴らは絶対ワールドカップを見るな。輝いてない方の世界で生きるならいっそ恋の渦にでてくるようなDQNでいるほうが幸せになれるってのにそういう生き方もできないやつらがいっぱいいて。ワールドカップに浮かれる馬鹿どもにもなれない毎日ずっとケばっかりゲームをして気を紛らわすうちに老けていく。ウルフオブウォールストリートも見た。あいつらは毎日ハレだな。毎日ハレのやつらと一生ケのやつらがいて、一生ケのやつらにとって、シャンペンだけが人生だと思う?なんてテニスボーイの憂鬱の問いは馬鹿げて聞こえる。俺はなんであんな小説が好きだったのか。シャンペンだけが人生だとするなら俺やコウタくんやツボヤの人生はなんなんだ。ウルフオブウォールストリートが正解なのか。それになれないやつはせめてワールドカップに浮かれる渋谷の馬鹿どもになる恋の渦のDQNになるしかないのか。キモツキさんみたいな人生も悪くないと思ったけどな。ビジョンないといけないのかな。何も考えず梯子登らされてどこに連れていかれるつもりなんだってホリエモンもいってたけど俺はどこに連れていかれるにしてもとりあえず梯子登らないとどこにもいけないから登っておこうガンガン突っ走るやつ横目に見ながら暗闇で手探りでやってる生徒と一緒に俺もそういう感じでいく。要領悪いやつだって前に進まないといけない。ペコにはなれないけどせめてアクマに。それか虎に。