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サユリ一号

会社の大掃除で、窓の吹き方もスプレーの捨て方も知らない。お盆の墓参りで、墓に行く前に寄る親戚がどういう関係なのかも知らない。非日常の世界にだけ詳しい。日常のそういうものを家族や友だちに任せきりで横で見ているだけだった。

それでもまた漫画を読んだ。サユリ一号。一話を読んでわかった。過去を思い出して感傷や妄想に耽るための燃料を投下しちゃうタイプのやつだ。そっちの漫画ばかり読んでるからタイヤの交換もスプレーの捨て方もわからないやつなんだと思ったばかりなのに。

「ラクでしょ?付属のあのへんの男って。高校で遊び倒してるからガツガツしてないし 女のコが喜ぶようなことも照れずに言うでしょ?なんでも決めてくれて段取り上手で、それでいて選択権は女のコにくれるから、お姫様みたいにイエスかノーだけ言ってりゃいいでしょ?仮にノーでも怒んないでしょ?…全部かぶってくれるでしょ?カッコ悪くて勇気が要る方の役割。」サユリ一号 二巻

現実でも創作の中でもカッコ悪くて勇気が要るような役割を引き受けてくれる子を求めてた。恥をかけない子ども同士は恋愛に発展しない。

カッコ悪くて勇気が要るような行為を自分がするときは、酒を飲んで失敗の恐怖を消すか、ボーイズオンザランの「バキュームフェラできるんだって?」みたいに振り切って人を傷つけるようなことしかしてない。

こんな感じで過去を振り返ることを、モテキを読んだあとのようなことばかり繰り返してるからスプレーの捨て方も知らないんだ。福満しげゆきの漫画にあるように「社会的に全く通用していない気がする…」を働いてみて痛烈に実感している。

過去の感傷に浸れるようなものは覚醒コンテンツではなく麻薬コンテンツに分類されるんだろう。現実から逃避するだけの萌えアニメと一緒にしたくないけど効用は同じかもしれない。

甘い生活のsyrup15gさんのこの記事が自分の重なる。具体的なエピソードがほとんど同じ。貼り付けてあるフラカンの深夜高速やかまってちゃん、ゴイステから、漫画までほとんど自分と同じ。同じものを摂ってると同じ人間になるのかと思ったけど、同じような人生は同じような趣味嗜好に流れていくというだけか。はじめて聞いたスパルタローカルズTOMOVSKYも、昔から好きだったかのようにしっくりくる。

 

「『しっかり勉強しと。4年間なんてあっという間だ』という言葉だけが、この先もきっとくり返し受けつがれてゆくのだろう。”何かつまかなくちゃ、もっと楽しまなくちゃ”焦り、知ったかぶり、のたうち回り、『青春』の強迫のうちに、大学生活の4分の3が終わろうとしていた。」サユリ一号 五巻

しっかり消化しきらないままどんどん読み進めて最後のページを読み終わってしまうという一気読み特有の感覚をまた味わった。

大学のサークルの小さなコミュニティの中での女がらみでの優越感とか最高だよなと本編のテーマとはズレた妄想が捗る。寝取り寝取られ浮気のために、彼女とか欲しかったよなという気持ちを思い出した。寝取り寝取られに性的興奮を感じるのは普通のことで、皆口に出してないだけなんだと漠然と思ってたけど、わりと本気で嫌悪されているみたいだ。

4年なんてあっという間だよと四年になって一年に言ったときに、言葉だけの感覚があったことを思い出す。気持ちとか感覚的なものは絶対に伝わらないのに、一番伝えたいものはそれなんだよな。本当は内容のあることを言いたいのに出てくる言葉はスカスカ。親のいう、勉強しろよとかもそうだよな。人にやさしくの「期待外れの言葉を言うときに心の中では頑張れって言っている。」的なね。言葉でも文章でも伝えることができる人は羨ましい。伝えられなきゃ相手からみたら何もないのと同じだ。言葉や文章にされずに自分でも忘れてしまった体験はないのと同じになってしまう。

サユリ1号(1) (ビッグコミックス)