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山形旅行/ガストのブス/こころ

7月21日から23日。大学の後輩三人と山形へ行ってきた。まず上越新幹線で熊谷へ。TNKと熊谷の祭りを見た。近くで女の子をたくさん見れるので祭りは良い。他二人と合流して新幹線で山形へ行き駅前のアパホテルに泊まった。風俗や宿代バス代などジャンケンで決めた。翌日は山寺へ行った。芭蕉の詩や斉藤茂吉の詩をいつでも言えるように暗記していたが披露する機会がなかった。そのまま銀山温泉に行った。宿の浴衣を着て古風な通りを四人で歩いた。俺ばかり写真を撮って、皆が写真を撮ってくれないので困った。最終日は風俗に行った。俺は攻めてくれる子を選んだ。いつかのために攻める技術を得ないといけないのに、楽な方を選んでしまった。それでいて相手の子もあんまりうまくなくて、演技しながら自分の気持ちを盛り上げた。帰りの電車で見た二人のJKの組み合わせが、健康に日焼けした美人と、根暗そうな眼鏡美人で、それでも仲良く笑っているのを見て、良い気持ちになった。TNKが交通費と銀山温泉の宿代を出してくれたので助かった。自宅に帰ってから後輩の一人がセックスしている音声を聞きながらバトルフィールドハードラインをプレイした。

 

昨日7月26日は最近卓球で知り合った女の子とその友達とガストで一時間以上喋った。LINEの文面から、その友達と俺をくっつけようという算段だと揣摩(推測の意。最近覚えた。)できた。その友達と会ったことはなかった。ある程度ブスでも仲良くしようと思っていた。話してて楽しかったら付き合ってもいいかなとも思っていた。実際その子はブスで、デカかった。緊張を抑えるためか酒を飲んできていて、テンションが行き過ぎていて見ていて痛々しかった。俺の手や唇を綺麗だと言ったり、可愛いだの言ったりしていた。「体のパーツを褒めろ!」となんかの雑誌で読んだのかなと考えながらできるだけ質問に答え、こちらからも質問を振った。ラブ&ポップでウエハラがヒロミの笑顔を褒めて、ヒロミが嬉しくなったシーンをあとで思い出した。ウエハラは本音だったけどこのブスは女性誌のアドバイスをそのままなぞっているだけだ。自分を受け入れてくれる誰かをぼんやりと探していた10代の頃とは違って、今は必死でその相手を探しているんだろう。そしてガストでの自分の失態を思い出してあとで泣いたりするかもしれない。俺も同じだから気持ちはわかる。でも俺が救ってあげることはできない。ブスはラブライブのアプリが好きだと言っていた。麻薬コンテンツに逃げ続け、中身すら何もなくなった方のブス。中身に色々詰めようと覚醒コンテンツをたくさん摂っても、「知識はいらぬプライドを生み、プライドは現実との軋轢を生み、」状態になるんなら、ブスに救いはないのかもしれない。ブスは目に見える不幸だ。目に見える不幸と目に見えない不幸はどっちが辛いか。目に見えない不幸は、誰かに同情してほしいと思って不幸自慢をしてしまう。ブスは目に見える不幸で、同情もされる。でも羨ましくない。

 

27日今日はオートマ限定解除で教習所へ行ってきた。三年前免許を取った時のあの子がまだ受付にいて、相変わらず可愛かったけど目の下にシミができていた。俺を覚えているかなと目を見てみたり講習料について詳しく聞いてみたりしたけど、好く分らなかった。(漱石風に)

 

こころを久々に読み返してみたら、思いのほか面白い。以前は読み通すことが目的で文章の良さが味わえてなかった。春樹や龍と同じく内容以前に文章追っていくだけで心地よい。熟読してたつもりだけど、模写してみたらさっきは読み取れてなかったところに気付いたりした。

ググったらお嬢さんって15歳らしいじゃねえか。時代が違うのかもしれないけどそれはロリコンだよ。蘇美を思い出して「先生」が羨ましくなってしまった。

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こころ 下 先生と遺書 十一 集英社文庫 P.177

わたしは移った日に、その室の床に活けられた花と、その横に立てかけられた琴を見ました。どっちも私の気に入りませんでした。わたしは詩や書や煎茶を嗜む父の傍で育ったので、唐めいた趣味を子供のうちから持っていました。そのためでもありましょうか、こういう艶めかしい装飾をいつの間にか軽蔑する癖が付いていたのです。

(中略)ところが今いった琴と活花を見たので、急に勇気がなくなってしまいました。あとから聞いて始めてこの花が話に対するご馳走に活けられたのだということを知ったとき、私は心のうちで苦笑しました。もっとも琴は前からそこにあったのですから、これは置き所がないため、やむをえずそのままに立て懸けてあったのでしょう。

こんな話をすると、自然その裏に若い女の影があなたの頭を掠めて通るでしょう。移った私にも移らない初めからそういう好奇心がすでに動いていたのです。こうした邪気が予備的に私の自然を損なったためか、または私がまだ人慣れなかったためか、私は始めてそこのお嬢さんに会った時、へどもどした挨拶をしました。その代りお嬢さんの方でも赤い顔をしました。

わたしはそれまで未亡人の風采や態度から推して、このお嬢さんのすべてを想像していたのです。しかしその想像はお嬢さんにとってあまり有利なものではありませんでした。軍人の細君だからああなのだろう、その細君の娘だからこうだろうといった順序で、私の推測はだんだん延びて行きました。ところがその推測が、お嬢さんの顔を見た瞬間に、悉く打ち消されました。そうして私の頭の中へ今まで想像も及ばなかった異性の匂いが新しく入って来ました。私はそれから床の正面に活けてある花が厭でなくなりました。同じ床に立てかけてある琴も邪魔にならなくなりました。

その花はまた規則正しくしおれる頃になると活けかえられるのです。琴も度々鍵の手に折れ曲がった筋違の屋に運び去られるのです。わたしは自分の居間で机の上に頬杖を突きながら、その琴の音を聞いていました。私にはそのことが上手なのか下手なのかよく解らないのです。けれども余り込み入った手を弾かないところを見ると、上手なのじゃなかろうと考えました。まあ活花の程度ぐらいなものだろうと思いました。花なら私にも好く分るのですが、お嬢さんは決して旨い方ではなかったのです。

それでも臆面なく色々の花が私の床を飾ってくれました。もっとも活け方はいつ見ても同じことでした。それから花瓶もついぞ変わった例がありませんでした。

しかし片方の音楽になると花よりももっと変でした。ぽつんぽつん糸を鳴らすだけで、一向肉声を聞かせないのです。歌わないのではありませんが、まるで内緒話でもするように小さな声でしか出さないのです。しかも叱られると全くでなくなるのです。

私は喜んでこの下手な活花を眺めては、まずそうな琴の音に耳を傾けました。